深淵を揺蕩う

作品名：深淵を揺蕩う（しんえんをたゆたう）

本作は、海の底を思わせる掴みどころのない景色の中に、光と波、そして泡が穏やかに漂う様子を描いた作品です。
光は柔らかく揺らぎ、泡のような記憶が静かに浮かび上がっては消えていきます。その空間はどこまでも続いているようでいて、まるでベッドの中にいるような安らぎを感じる場所でもあります。
深淵という言葉がもつ暗く重い印象とは対照的に、本作における深淵は恐れではなく、心の奥にある静けさと安寧の象徴として描きました。

海底も水面の両方が見える構図は、ポジティブもネガティブも含めた“すべての感情が共に存在する場所”を示しています。
ここでいうネガティブとは決して悪い感情ではなく、その人が持つ資質や感受性の一部のことを指します。怒りを激しく表す人もいれば、静かに涙する人もいます。涙を流さずとも心の中で泣いている人もいるように、そんな多様な感情のあり方すべてを、この深淵は受け入れ包み込んでいます。

また、水面にも海底にも行き来できる“凪”の状態は、心が安定し解放されていることを意味しています。水面は日常、海底は思考。その間を自由に揺蕩うことで、人は健やかな心を保つことができるのです。

制作では、サランラップによって泡や光の質感を生み出し、定規を用いて差し込む光を表現しました。青・白・黒を基調とした繊細な色合いが、海と心の深層を連想させ、この作品を見た人に静かな安らぎをもたらすことを願います。
「深淵を揺蕩う」は、光と闇、静けさと揺らぎが共存する“私の心の中の海”であり、そこでは恐れではなく安らぎ、孤独ではなく静寂が広がっています。ここは、私が私でいられる場所なのです。